前回の振り返り:位置エンコーディング
前回は、Transformerモデルにおける位置エンコーディングについて解説しました。位置エンコーディングは、シーケンス内の単語の順序情報を扱うための手法であり、Transformerが単語の順序や文脈を理解するために重要な役割を果たしています。絶対位置エンコーディングと相対位置エンコーディングの2つの方法を紹介し、それぞれの特性や利点について学びました。今回は、BERT(Bidirectional Encoder Representations from Transformers)とその学習方法であるマスク化言語モデル(Masked Language Model, MLM)について解説します。
BERTとは?
BERT(Bidirectional Encoder Representations from Transformers)は、Googleが開発した自然言語処理(NLP)のモデルで、文章を前後の文脈から同時に理解することができる双方向のTransformerモデルです。従来の言語モデルは、前向きまたは後ろ向きの文脈のいずれか一方しか捉えられませんでしたが、BERTは文脈の双方向性を利用して、より深い意味理解を実現します。
例えで理解するBERT
BERTは、文章を読むときに前後の文脈を同時に考慮する読者のようなものです。たとえば、「彼は公園でジョギングをしている」という文を読むとき、BERTは「彼」と「ジョギング」の関係だけでなく、「公園」と「ジョギング」の関係も同時に考慮します。この双方向の理解が、BERTの高い性能を支えています。
マスク化言語モデル(MLM)とは?
マスク化言語モデル(Masked Language Model, MLM)は、BERTの学習方法の1つで、文章中の一部の単語を隠して(マスクして)、その隠された単語を予測するタスクです。これにより、モデルは文脈全体から隠された単語を予測する力を養うことができます。
マスク化の手法
BERTでは、学習データの約15%の単語がマスクされます。マスクされた単語は、特別なトークン「[MASK]」に置き換えられることが多いです。ただし、マスクされた単語の全てが「[MASK]」に置き換えられるわけではなく、次の3つの方法でマスクされます:
- 80%の確率で「[MASK]」に置き換える
- 10%の確率でランダムな単語に置き換える
- 10%の確率でそのままにする
このような多様なマスク方法により、BERTはより柔軟な文脈理解力を得ることができます。
例:マスク化の具体例
「私は[マスク]で本を読んだ。」という文を考えてみましょう。BERTは、この文脈から「図書館」や「カフェ」などの適切な単語を予測するように訓練されます。これにより、モデルは文脈の双方向性を活用して高精度な予測ができるようになります。
MLMによる学習の利点
1. 双方向の文脈理解
マスク化言語モデルにより、BERTは文章の前後の文脈を同時に理解することができます。これにより、単語の意味をより正確に予測し、文章全体の意味理解が向上します。
2. ノイズのあるデータへの強さ
マスク化の手法により、BERTはランダムな単語やマスクされた単語の混在する状況でも適切な予測を行う能力を得ます。これにより、ノイズの多いデータに対しても高い精度で処理が可能です。
3. 汎化性能の向上
BERTは多様な文章の文脈を学習することで、さまざまな自然言語処理タスクに適用可能な強力な表現を取得します。これにより、分類、要約、機械翻訳など、多様なNLPタスクで高い性能を発揮します。
BERTの学習ステップ
BERTの学習は、次の2つのステップで進行します:
- 事前学習(Pre-training): 大量のテキストデータを使ってマスク化言語モデル(MLM)と次文予測(Next Sentence Prediction, NSP)の2つのタスクで事前学習を行います。
- MLMでは、文章中の一部の単語をマスクし、その単語を予測します。
- NSPでは、2つの文が連続しているかどうかを予測することで、文と文のつながりを学習します。
- ファインチューニング(Fine-tuning): 特定のタスクに合わせて、事前学習済みのモデルを微調整します。たとえば、質問応答や感情分析などのNLPタスクに対して、ファインチューニングを行います。
BERTとマスク化言語モデルの実用例
1. 機械翻訳
BERTは、文章の意味を深く理解するため、機械翻訳の精度を向上させることができます。特に、長文や複雑な文脈を含む文章の翻訳において効果的です。
2. 文章要約
文章要約タスクにおいても、BERTは高精度な要約を実現します。双方向の文脈理解により、重要な情報を効果的に抽出し、簡潔な要約を作成できます。
3. 質問応答システム
BERTは、質問応答システムにも活用されています。質問文と回答候補の文脈を同時に理解することで、正確な回答を導き出すことが可能です。
まとめ
今回は、BERTとマスク化言語モデルについて解説しました。BERTは、双方向の文脈理解を活用し、マスク化言語モデルにより高精度な予測を実現しています。この技術により、さまざまなNLPタスクでの精度向上が期待されます。次回は、テキスト生成の評価指標について学びます。
次回予告
次回は、テキスト生成の評価指標について解説します。パープレキシティやBLEUスコアといった評価方法を学び、生成されたテキストの質をどのように評価するかを理解しましょう。お楽しみに!
注釈
- BERT(Bidirectional Encoder Representations from Transformers): 自然言語処理における双方向のTransformerモデル。文章の前後の文脈を同時に理解する。
- マスク化言語モデル(Masked Language Model, MLM): 文中の一部の単語を隠して、その単語を予測するタスク。BERTの学習方法として使用される。
- 次文予測(Next Sentence Prediction, NSP): 2つの文が連続しているかどうかを予測するタスク。文と文の関係性を学習するために用いられる。
- 事前学習(Pre-training)とファインチューニング(Fine-tuning): 事前学習で一般的な知識を取得し、その後のファインチューニングで特定のタスクに合わせて微調整を行う学習ステップ。
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